ロベルト・ラヴァーリア(Roberto Ravaglia、1957年5月26日 - )は、ツーリングカーレースで活躍した元レースドライバーである。イタリア・ヴェネツィア出身。

ドライバーとして3つの異なるツーリングカー選手権でチャンピオンに輝いており、史上最も成功したツーリングカードライバーの一人とされる[1]。FIA主催のツーリングカー選手権で三連覇を達成した初のドライバーでもある(1986年 - 1988年)。

経歴

ドライバー時代

イタリアカート選手権で2度のチャンピオンに輝き、F3を経て、1984年にツーリングカーレーサーとしてデビューした。1986年にヨーロッパツーリングカー選手権(ETC)でチャンピオンタイトルを獲得し、その後、1987年、1988年と連覇することとなる。

1987年については、選手権がこの年のみ世界ツーリングカー選手権(WTC)を名乗ったため、ラヴァーリアについては、2005年に再びその名を冠して翌年以降も続くこととなる世界ツーリングカー選手権の「初代チャンピオン」という見方もできる。同じく、この年にはマカオグランプリのギア・レースも制し、ラヴァーリアにとっては栄光に包まれた年となった。加えて、この年にBMWが投入したBMW・M3シリーズは、この後、他カテゴリも含め1992年まで駆り数々の優勝を飾ることとなる。

翌1988年はETCは連覇したものの、シーズン終了後に交通事故で肋骨を折ったため、ギアレースでの連覇は叶わなかった。

同年限りでETCが終了したため、1989年にドイツツーリングカー選手権(DTM)に移り、初参戦で選手権タイトルを獲得。翌1990年は、さらにイタリア・スーパーツーリングカー選手権に移籍し、やはり初年度で選手権タイトルを獲得、1991年も連覇に成功し、1993年には同選手権で3度目のタイトルを獲得した。1992年こそチャンピオンを逃したが、ラヴァーリアは1986年から1991年まで、3つ(4つ)のツーリングカー選手権にまたがり実に6年連続で頂点に立ち続けたのである。

1994年にはイタリアツーリングカー選手権と平行して、イギリスツーリングカー選手権(BTCC)にも参戦したが、BTCCではランキング18位という結果に終わり、参戦した選手権の中では唯一タイトルを獲得できずに終わった(同年のイタリア選手権は4位)。

1997年に、マクラーレンF1 GTRを駆ってBMWチームからFIA GT選手権に参戦したのを最後に、その年限りでドライバーから引退した。

ドライバー引退後

ドライバーとして引退して後は、アルド・プレト(Aldo Preto)との共同所有でツーリングカーチームを設立し(ROAL Motorsport)、監督として率いるようになった。

2001年にヨーロッパツーリングカー選手権(ETCC)が再開すると、同チームはBMW社のツーリングカーワークスチームのひとつである「BMWチーム・イタリア/スペイン」として選手権に参戦し、ETCCが世界ツーリングカー選手権(WTCC)となった現在も、ラヴァーリアはチームを率いている。

ETC、DTM、BTCCで所属したBMWワークスのシュニッツァー・チームは後に「BMWチーム・ドイツ」としてETCC、WTCCに参戦しており、同じBMWのワークスチームではあるが、現在ではライバルとして競い合う関係となっている。

レース戦績

ヨーロッパ・フォーミュラ3選手権

ドイツ・フォーミュラ3選手権

ツーリングカー

ヨーロッパツーリングカー選手権

  • 太字はポールポジション、斜字はファステストラップ。(key)

ドイツツーリングカー選手権

  • 太字はポールポジション、斜字はファステストラップ。(key)

世界ツーリングカー選手権

  • 太字はポールポジション、斜字はファステストラップ。(key)

イタリアツーリングカー選手権

イギリスツーリングカー選手権

  • 太字はポールポジション、斜字はファステストラップ。(key)

ドイツ・スーパーツーリング選手権

(key)

スパ・フランコルシャン24時間レース

FIA ツーリング・カー・ワールド・カップ

スポーツカー

世界スポーツプロトタイプカー選手権

(key)

FIA GT選手権

  • 太字はポールポジション、斜字はファステストラップ。(key)

ル・マン24時間レース

脚注

外部リンク

  • ROAL Motorsport公式サイト
  • プロフィール - FIA-GT選手権公式サイトより

ロベリア

ロベリア / 饅頭団子 さんのイラスト ニコニコ静画 (イラスト)

ロベリア

SR/ロベルタ 対魔忍RPG攻略 Wiki

ロベルタ ibisPaint