ジェイソン・リチャード・ワース(Jayson Richard Werth, 1979年5月20日 - )は、アメリカ合衆国イリノイ州スプリングフィールド出身の元プロ野球選手(外野手)。右投右打。
祖父のダッキー・スコーフィールドは元メジャーリーガーで、主に遊撃手として19年間メジャーでプレー、ダッキーの息子で叔父のディック・スコーフィールドも主に遊撃手で14年間メジャーでプレーした。また、継父デニス・ワースも元メジャーリーガーで、主に一塁手として、4年間メジャーでプレーした。
経歴
プロ入りとオリオールズ傘下時代
1997年6月17日、MLBドラフト1巡目(全体22位)でボルチモア・オリオールズから指名され、プロ入り。入団当時は捕手だった。
ブルージェイズ時代
2000年11月11日に、ジョン・ベイルとのトレードで、トロント・ブルージェイズへ移籍した。
2002年から、本格的に外野手へ転向する。同年9月1日に、同球団からメジャーデビューを果たす。
ドジャース時代
2004年3月29日にジェイソン・フレイザーとのトレードで、ロサンゼルス・ドジャースへ移籍した。同年シーズンは、89試合の出場で16本塁打・47打点を記録。
2005年は正左翼手として期待されるも、102試合で.234・7本塁打・43打点の成績に終わった。
2006年は左手首の怪我でメジャーでのプレー機会はなかった。
フィリーズ時代
2006年12月に1年契約でフィラデルフィア・フィリーズへ移籍した。
2007年から、2年ぶりにメジャーリーグに復帰した。
2008年1月7日に、再びフィリーズと1年契約を結ぶ。開幕当初は4番目の外野手兼左打ちのジェフ・ジェンキンスとのプラトーン要員だったが、そのジェンキンスが打撃不振と故障に苦しんでいたため、右翼手のレギュラーポジションを完全に奪取した。終わってみれば、134試合で.273・24本塁打・67打点・20盗塁を記録、フィリーズのワールドシリーズ出場に貢献、さらにタンパベイ・レイズとのワールドシリーズでは全試合先発出場し、第4戦の8回裏にダン・ウィーラーから2ラン本塁打を放ち、世界一に貢献した。
2009年5月12日のドジャース戦で1塁ベースから本塁まで1イニングに3盗塁した。これは大リーグで1980年5月11日にピート・ローズがシンシナティ・レッズに対して1イニングに3盗した以来の記録だった。同年7月、自身初のオールスター出場を果たした。シーズン通じては、自己最高の36本塁打を放ち、99打点を記録。また、ポストシーズンではアンディ・ペティットからの2本塁打を含み、15試合で7本のホームランを放った。
2010年オフにFAとなった。
ナショナルズ時代
2010年12月5日にワシントン・ナショナルズと7年総額1億2600万ドルで契約合意。
2012年、4月13日の金曜日、延長13回にサヨナラヒットを放った。これは1963年のウィリー・スタージェル以来だが、この時サヨナラのホームを踏んだのは、祖父のダッキー・スコフィールドであった。
2013年、129試合の出場で打率.318・25本塁打・82打点という好成績をマーク。2012年は規定打席に到達していないとは言え、2年連続での打率.300超えするなど、OPSは自己最高の.931(リーグ3位)という数値を記録した。
2014年、右翼手のレギュラーで147試合に出場し、惜しくも3年連続での打率.300以上は逃したものの、.292という数値をマーク。ホームランは16本まで減少したが、得点圏で打率.338とよく打ち、2年連続で82打点を叩き出した。前述の通り、ホームランこそ減ったが二塁打を大幅に増やし(37本・自己2位)、長打数は前年の49本から54本まで増えた。
2015年は1月9日に右肩の手術を受けた。シーズンでは88試合の出場に留まり、3シーズンぶりに規定打席到達を逃した。打撃面では、3年連続2桁本塁打となる12本塁打を放ったが、打率.221・出場試合数とほぼ同等の84三振を喫した。また、メジャーデビュー以来、初めて0盗塁に終わった。
2016年4月19日のマイアミ・マーリンズ戦で通算200本塁打を達成した。同年は143試合に出場したが、打率.244・21本塁打・69打点・5盗塁と2年続けて結果を残せなかった。
2017年6月3日のオークランド・アスレチックス戦で左足に中足骨骨折と打撲傷を負い、故障者リスト入り。復帰戦となった8月28日のマイアミ・マーリンズ戦では本塁打を放った。最終成績は70試合の出場で打率.226・10本塁打・29打点に終わった。11月2日とFAとなった
マリナーズ傘下時代
2018年3月27日にシアトル・マリナーズとマイナー契約を結ぶと報じられ、4月3日に正式契約。4月24日に傘下のAAA級タコマ・レイニアーズへ配属され、36試合に出場して打率.206・4本塁打・19打点の成績を残した。6月27日に引退を表明。
引退後
2018年9月8日、ワシントンD.C.の野球に貢献した人物を称える「Ring of Honor」に選出された。
選手としての特徴
ポジションは主に右翼手だが、左翼手、中堅手も守ることができる。また一塁手としてもプレーした経験がある。
詳細情報
年度別打撃成績
- 各年度の太字はリーグ最高
年度別守備成績
- 一塁守備
- 外野守備
- 各年度の太字はリーグ最高
表彰
- プレイヤー・オブ・ザ・マンス:2回 (2013年7月、2014年7月)
- プレイヤー・オブ・ザ・ウィーク:3回(2009年8月17日 - 8月23日、2010年5月3日 - 5月9日、2014年6月30日 - 7月6日)
記録
- オールスターゲーム選出:1回(2009年)
背番号
- 54(2002年)
- 13(2003年)
- 28(2004年 - 2005年、2007年 - 2017年)
脚注
関連項目
- メジャーリーグベースボールの選手一覧 W
- 親子のメジャーリーグベースボール選手一覧
外部リンク
- 選手の通算成績と情報 MLB、ESPN、Baseball-Reference、Fangraphs、The Baseball Cube、Baseball-Reference (Register)
- Jayson Werth stats MiLB.com (英語)




